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横浜地方裁判所 昭和31年(む)54号 決定 1958年7月19日

請求人 茅ヶ崎燃料商業協同組合

右代表者清算人 柿沢秋蔵

決  定

(請求人・代理人氏名略)

右請求人から横浜地方検察庁検察官が下元定義から領置した現金七四、〇五七円につき昭和三〇年八月一九日なした歳入編入処分の取消並びに請求人に対する右現金還付処分の請求があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件請求はこれを棄却する。

理由

本件請求の要旨は、

池正こと下元定義は昭和二六年一〇月二〇日午後二時頃請求人組合から木炭代金の一部として現金一〇〇、〇〇〇円の交付を受けこれを騙取したが、この事実は昭和二七年二月二九日横浜地方検察庁検事により横浜地方裁判所に起訴され、同庁昭和二七年(わ)第一七一号詐欺被告事件として繋属し、同裁判所は昭和二八年一〇月一〇日右事件について有罪の判決を言渡し、この判決は同月二五日確定したものである。下元定義が横浜鉄道公安室鉄道公安職員伊藤金五郎によつて逮捕されたのは、昭和二六年一〇月二三日午後四時五五分であり、下元定義はその際所持していた現金七四、〇五七円を右伊藤に任意提出し、横浜鉄道公安職員山口晋はこれを領置し、同年一一月一三日横浜地方検察庁はこれを自己の占有に移し領置したのであるが、下元定義は請求人組合から右現金一〇〇、〇〇〇円を騙取した後藤沢市内の料亭みやこにおいて芸妓二名を挙げ遊興飲食し、その夜から同市内の藤沢ホテルに宿泊して滞在し、更に同市仲通一丁目一〇六一番地鈴木広吉から木炭売買契約手附金名義の下に金八〇、〇〇〇円を騙取しようと企てその目的を達せずして逮捕されるに至つたものであつて、請求人組合から金一〇〇、〇〇〇円を騙取した後あらたに下元定義の占有に帰した現金は存在しないのである。そして下元定義が請求人組合から右現金を騙取する前に、なに程かの所持金があつたか否か、仮にあつたとしてもその金額はいくばくで、いかなるものか不明であるが、請求人組合から右現金一〇〇、〇〇〇円を騙取したことは明白であり、下元定義が鉄道公安職員に任意提出した現金七四、〇五七円は、同人が請求人組合から騙取した一〇〇、〇〇〇円のうちから右遊興飲食費、宿泊費、その他物品購入費を支払つた残額であるか、あるいは請求人組合から騙取した一〇〇、〇〇〇円に、その前から所持していたかも知れない金員を加えた合計額から右遊興飲食費等を支払つた残額であるかいずれかであつて、後者であるとしてもその合計額がいくらであるか不明であるから右現金七四、〇五七円は請求人組合から騙取した現金一〇〇、〇〇〇円のうち右遊興飲食費等を支払つた残額であるとみるのが相当であり、この認定を覆す証拠は存在しない。下元定義は請求人組合から騙取した右現金から金三〇、〇〇〇円を上奥某に交付したと述べているが、その点はさだかではない。いずれにしても下元定義が逮捕された際所持していた右現金七四、〇五七円は賍物であるか、その疑が非常に濃厚なものであるから、その所有権は下元にあるわけではなく、又その疑が非常に濃厚であるから、その所有権抛棄ということはあり得ず、又あり得ない疑が非常に濃厚であるから、横浜地方検察庁が無主物を先占したものとして国庫の歳入に編入するとした処分は違法である。よつて請求人は右歳入編入処分の取消並びに請求人に対する右現金の還付処分を求めるものである。仮に請求人の右請求が理由ないものとしても横浜地方検察庁は刑事訴訟法第四九九条所定の手続を経なければ右領置物を国庫に帰属させることはできない道理である。いずれにしても同検察庁の処分は違法であるから、その取消を求める次第であるというにある。

よつて取寄にかかる被告人下元定義に対する当裁判所昭和二六年(わ)第一四一〇号公文書偽造、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺未遂昭和二七年(わ)第一七一号公文書偽造、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺等同年(わ)第一一五九号公文書偽造、私文書偽造、詐欺、昭和二八年(わ)第三七六号公文書偽造、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺、同年(わ)第三九〇号詐欺未遂、公文書偽造、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺、同年(わ)第四一六号詐欺各被告事件記録、右各被告事件判決原本当裁判所の証人下元定義、同山口晋に対する各尋問調書横浜地方検察庁次席検事の当裁判所に対する昭和三三年三月一八日附、同年七月一日附各回答書によると、下元定義は当裁判所に繋属した前記各被告事件につき併合審理され、昭和二八年一〇月一〇日懲役二年未決勾留日数六〇〇日算入の判決の言渡を受け、この判決は同月二五日確定したものであるが、この判決の認定した事実は下元定義に対する前記各被告事件の起訴状記載の公訴事実のとおりであつて、そのうち昭和二七年二月二九日起訴された同年(わ)第一七一号事件起訴状記載の公訴事実第三の事実が請求人組合の被害事実であり、すなわち下元定義は上奥喜八郎と共謀の上事実木炭を発送していないのに発送してあるもののように装いその前渡金名義で金員を騙取しようと企て、昭和二六年一〇月一九日頃茅ヶ崎市茅ヶ崎五七一五番地請求人組合事務所において請求人組合理事長柿沢秋蔵、理事神崎嘉照、理事上野尚雄、事務員高沢重義に対し偽造にかかる木炭八八七俵の運輸省発行車扱貨物通知書甲片、及び日本通運株式会社美々津営業所長作成名義の木炭発送証明書各一通を一括呈示して行使し注文の木炭はこのとおり積み出してあるから代金の半金を貰いたいと虚構の事実を申し向け、同人等をその旨誤信させ、よつて翌二〇日頃前記組合事務所において前記高沢重義から木炭代金の一部として現金一〇〇、〇〇〇円の交付を受けこれを騙取したもので、そのうち金二〇、〇〇〇円を上奥喜八郎に、金一〇、〇〇〇円を仲介者である全国傷痍者遺家族援護会長伊達允侯に分配交付し残額七〇、〇〇〇円を自己の取得としたものであるところ、これより先下元定義は右昭和二七年(わ)第一七一号事件起訴状記載の公訴事実第一、第二のとおり上奥喜八郎と共謀の上前同様木炭を発送していないのに発送してあるもののように装いその前渡金名義で金員を騙取しようと企て、昭和二六年一〇月一六日東京都大田区調布鵜ノ木町一二番地の五株式会社増田屋商店において増田進に対し、同年一〇一八日頃東京都杉並区天沼一丁目四五番地林友燃料株式会社において代表取締役本郷彦吉に対し、いずれも前同様の偽造にかかる貨物通知書甲片及び発送証明書を一括呈示して行使し、注文の木炭はこのとおり発送してあると虚構の事実を申し向け、同人等をその旨誤信させ、よつて同月一八日頃増田進から前記株式会社増田屋商店において現金五〇、〇〇〇円、本郷彦吉から前記林友燃料株式会社において額面二〇〇、〇〇〇円千代田銀行荻窪支店支払の小切手一枚を木炭代金の一部として交付を受けこれを騙取し、右現金五〇、〇〇〇円はそのうち一〇、〇〇〇円を自己の取得とし、右額面二〇〇、〇〇〇円の小切手はその翌日現金に替えそのうち五〇、〇〇〇円を自己の取得とし、これらの分配取得金合計一三〇、〇〇〇円を全部混合させ、順次、遊興飲食費、衣類購入費、宿泊費等に費消し同年一〇月二三日鉄道公安官によつて逮捕された際残額七四、〇五七円を所持していたので、横浜鉄道公安室長宛に御用済の上は法規に従つて御処分下さいと記載した任意提出書を提出すると共に右現金七四、〇五七円及びその他の所持品を任意に提出し、同公安室鉄道公安官司法警察員山口晋は同日これをその他の所持品と共に領置し、その後右現金七四、〇五七円は横浜地方検察庁検察官に引き継がれ、同庁検察官は同年一一月一三日これを領置したが、下元定義に対する前記各被告事件について言い渡された当裁判所の判決は前記のとおりで、右領置現金の没収又は被害者還付の言渡がなかつたので、同庁検察官は右判決の確定後である昭和三〇年八月一九日下元定義の提出した任意提出書に同人の記載した御用済の上は法規に従つて御処分下さいとの文言は任意提出した現金についてその所有権を抛棄した趣旨であると解し前記判決の確定により無主物となつた右現金は検察官の先占により国庫に帰属したものとして証拠品事務規程に従い、これを歳入に編入する処分をなしたことを認めることができるのである。以上の認定事実のもとにおいては下元定義の任意提出した現金七四、〇五七円のいずれの部分が前記株式会社増田屋商店増田進、林友燃料株式会社社代表取締役本郷彦吉、又は請求人組合理事長柿沢秋蔵等のいずれから騙取した現金であるかを識別することができないものというべきであつて、右現金七四、〇五七円の全部が所論のように請求人組合理事長柿沢秋蔵等から騙取したものであるとは到底認められないのみならず、そもそも金銭は通常物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきものであり、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権は特段の事情のない限り金銭の占有の移転と共に移転するものと解すべきであつて、金銭の占有の移転があつたときは、たとえその占有移転の原因たる契約が法律上無効であつてもその金銭の所有権は占有と同時に相手方に移転するものである(最高裁判所昭和二七年(あ)第五四〇三号昭和二九年一二月五日同裁判所第二小法廷言渡判決参照)から、特段の事情の認められない本件では、下元定義と請求人組合、株式会社増田屋商店又は、林友燃料株式会社との間の木炭売買契約にこれを無効とすべき事由が存在するものとしても、右現金七四、〇五七円はその全部が下元定義の所有に属していたものといわねばならないのである。されば右現金七四、〇五七円が全部下元定義により騙取された請求人組合所有の現金であるとして検察官のなした領置にかかる右現金の歳入編入処分の取消竝びに請求人組合に対する還付処分を求める請求人の本件請求はその前提を欠き、請求人組合としては右領置にかかる現金の還付を受くるに由なきものであるから、検察官のなした右歳入編入処分の取消を求める実益のないものとしなければならない。しからば、下元定義が右現金七四、〇五七円を任意提出するに際し所有権を抛棄したものと解すべきか否か、検察官の右歳入編入処分の事前に刑事訴訟法第四九九条所定の手続を経由することを要するか否かを判断するまでもなく、請求人の本件請求は不適法のものであるから刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項によりこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田作穂)

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